創立者「樫村辨市」(かしむらべんいち)の足跡

明治30年3月24日(1897年) 父、茂七(もしち)、母、トメの長男として大川郡石田村(現、寒川町)に生まれる。
大正4年3月20日 香川県師範学校乙種講習科終了
大正4年4月1日 香川郡上笠居尋常高等小学校訓導、兼、香川県師範学校訓導となる。(大正6年3月31日まで)
大正6年4月1日 高松市二番丁尋常小学校訓導となる。(大正7年3月31日まで)
大正6年12月 高松メソヂスト教会にて洗礼を受ける。
大正9年1月1日 広島女学校教師となる。(昭和3年3月31日まで)
大正11年9月22日 広島市紙屋町の日本メソヂスト教会において、三宅良子(みやけよしこ、昭和52年11月2日昇天)と川合錠治牧師の司式によって結婚する。
昭和4年4月1日 東洋英和女学校(東京)小学部主事となる。(昭和18年3月31日まで)
麻布鳥居坂教会日曜学校校長、日本日曜学校協会東京都部会連盟会長、鳥居坂教会信徒総代等を歴任する。
昭和18年4月1日 日本鋼管鶴見造船所青年学校教師となる。(昭和21年1月31日まで)
昭和21年2月 故郷の香川県に戻る。しばらくは、自給自足の生活をする。
昭和23年4月1日 戦争により休園していた高松教会の「みくに幼稚園」を復興し、園長となる。(昭和26年3月31日まで)
昭和26年5月11日 香川県私立幼稚園連盟を結成し、理事長となる。
昭和26年6月30日(認可日) 幼児教育に対する理想実現のため、個人で「のぞみ幼稚園」を創設し園長となる。(昭和52年3月まで)
昭和30年3月3日 日本キリスト教保育連盟の要請により、沖縄に赴き、半年にわたり滞在し、同地の幼児教育啓蒙のために尽力した。
昭和43年4月1日 日本私立幼稚園連合会副理事長となる。(昭和44年3月31日まで)
昭和46年3月26日 教育の公共性と幼児教育の振興のため「学校法人のぞみ学園」を設立し、理事長に就任する。(平成4年6月27日まで)
昭和48年4月29日 長年にわたる教育への貢献により、勲五等雙光旭日章(くんごとうそうこうきょくじつしょう)に叙せられる。
平成9年8月19日(1997年) 午前9時35分、天に召される。享年満100歳。

以上のように樫村辨市は生涯にわたり、神を信じ、教師、園長、理事長等として、わが国の幼児教育の振興、およびキリスト教の伝道に尽くした。


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