The Sense of Wonder

センス・オブ・ワンダー(不思議さに驚嘆する感性)

レイチェル・カーソン著/上遠恵子訳(新潮社刊)


「センス・オブ・ワンダー」について(園長 樫村文夫)

この本には、幼児の感性を育てるうえで大切なことが、詩のように美しい言葉で書かれています。美しい写真もそえられています。きっとみなさんの宝物になると思います。ここに本文の一部と著者の「レイチェル・カーソンについて」を紹介させていただきます。

以下は本文からの抜粋です。

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ある秋の嵐の夜、わたしは1歳8か月になったばかりの甥のロジャーを毛布にくるんで、雨の降る暗闇のなかを海岸へおりていきました。海辺には大きな波の音がとどろきわたり、白い波頭がさけび声をあげてはくずれ、波しぶきを投げつけてきます。わたしたちは、まっ暗な嵐の夜に、広大な海と陸との境界に立ちすくんでいたのです。そのとき、不思議なことにわたしたちは、心の底からわきあがるよろこびに満たされて、いっしょに笑い声をあげていました。幼いロジャーにとっては、それがオケアノス(大洋の神)の感情のほとばしりにふれる最初の機会でしたが、わたしはといえば、生涯の大半を愛する海とともにすごしてきていました。にもかかわらず、広漠とした海がうなり声をあげている荒々しい夜、わたしたちは、背中がぞくぞくするような興奮をともにあじわったのです。

晴れて乾燥している日には、トナカイゴケのカーペットは薄く乾いていて、踏みつけるともろく、くずれてしまいます。しかし、スポンジのように雨を十分に吸いこんだトナカイゴケは、厚みがあり弾力に富んでいます。ロジャーは大よろこびで、まるまるとしたひざをついてその感触を楽しみ、あちらからこちらへと走りまわり、ふかふかした苔のカーペットにさけび声をあげて飛びこんだのです。

子どもたちの世界は、いつも生き生きとして新鮮で美しく、驚きと感激にみちあふれています。もしもわたしが、すべての子どもの成長を見守る善良な妖精に話しかける力をもっているとしたら、世界中の子どもに、生涯消えることのない「センス・オブ・ワンダー…神秘さや不思議さに目を見はる感性」を授けてほしいとたのむでしょう。

「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではないと固く信じています。子どもたちがであう事実のひとつひとつが、やがて知識や知恵を生みだす種子だとしたら、さまざまな情緒やゆたかな感受性は、この種子をはぐくむ肥沃な土壌です。幼い子ども時代は、この土壌を耕すときです。美しいものを美しいと感じる感覚、新しいものや未知なものにふれたときの感激、思いやり、憐れみ、賛嘆や愛情などのさまざまな形の感情がひとたびよびさまされると、次はその対象となるものについてもっとよく知りたいと思うようになります。そのようにして見つけだした知識は、しっかりと身につきます。消化する能力がまだそなわっていない子どもに、事実をうのみにさせるよりも、むしろ子どもが知りたがるような道を切りひらいてやることのほうがどんなにたいせつであるかわかりません。

レイチェル・カーソンについて

レイチェル・カーソンは、アメリカのベストセラー作家であり海洋生物学者でもあった。1907年、アメリカのペンシルバニア州スプリングデールに生まれたレイチェルは、幼い頃から作家になることを夢に描いていた。大学では生物学を専攻し、ジョンズ・ホプキンス大学で修士号まで得たレイチェルは、そのまま研究生活をつづけたかった。しかし、父の死によって、母と姉の遺児である2人の姪との生活を支える責任はレイチェルの肩にかかってきた。内務省の魚類・野生生物局の生物専門官になった彼女に与えられた仕事は、海洋資源などを解説する広報誌の執筆と編集だった。いつの間にか彼女のなかで科学と文学は合流し、公務員生活をつづけながら再び作家への道をたどるようになっていったのだ。やがて、彼女は海洋生物学者としての素晴らしい作品、『われらをめぐる海(The Sea Around Us)』(早川文庫)、『海辺(The Edge of the Sea)』(平河出版)、『潮風の下で(Under the Sea Wind)』(宝島社)などを次々に発表し、いずれもアメリカではたいへんなベストセラーになった。これらの作品の美しい詩情豊かな文章は、いまでも多くの人に愛されている。

あるとき、作家としての名声を確かにしたレイチェルのもとに、友人からの1通の手紙が舞いこんだ。役所が殺虫剤のDDTを空中散布した後に、彼女の庭にやってきたコマドリが次々と死んでしまった、という内容の手紙だった。この1通の手紙をきっかけに、彼女は4年におよぶ歳月の間、膨大な資料の山に埋もれて、後に「歴史を変えることができた数少ない本の1冊」と称されることになる『沈黙の春(Silent Spring)』(新潮社)の執筆に取り組んだのだ。『沈黙の春』を執筆中にガンにおかされた彼女は、文字通り時間とのたたかいのなかで、1962年、ついにこの本を完成させた。『沈黙の春』は、環境の汚染と破壊の実態を、世にさきがけて告発した本で、発表当時大きな反響を引き起こし、世界中で農薬の使用を制限する法律の制定を促すと同時に、地球環境への人々の発想を大きく変えるきっかけとなった。この本は初版後30年になろうとする現在でもなお版を重ねているロングセラーである。彼女が発した警告は、今日でもその重大さを失わず、そればかりかさらに複雑に深刻になってきている環境問題への彼女の先見性を証明している。

レイチェル・カーソンは、『沈黙の春』を書き終えたとき、自分に残された時間がそれほど長くないことを知っていた。そして最後の仕事として本書『センス・オブ・ワンダー(The Sense of Wonder)』に手を加えはじめた。この作品は、はじめ、“ウーマンズ・ホーム・コンパニオン”という雑誌に「あなたの子どもに驚異の目をみはらせよう」と題して掲載された。彼女はそれをふくらませて単行本としての出版を考えていたのである。しかし、時は待ってくれなかった。彼女は1964年4月14日に56歳の生涯を閉じた。友人たちは彼女の夢を果たすべく原稿を整え、写真家チャールス・プラットやその他の人の写真を入れて、レイチェルの死の翌年、1冊の本にして出版したのである。『センス・オブ・ワンダー』はまさにレイチェル・カーソンが私たちに残してくれた最後のメッセージなのだ。


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