幼稚園で園児にパソコンを使わせる理由
自分で自分を律する態度を養う
さまざまな学習にパソコンを活用する幼稚園が増えてきたように思います。家庭でビデオやテレビゲームに親しんで育ってきているためか、子どもたちはパソコンでの活動に興味を持ってとびつきます。しかしながら、最近「ゲーム脳の恐怖」という本が出版されるなど、ビデオやテレビゲームが子どもの精神面での育ちに悪影響を与えているのではないかということが心配されています。ただし、同じ事象についても、さまざまな見方がありますので、簡単に良い悪いを判断することはできません。けれども、何事も「過ぎたるは猶及ばざるが如し」というのは真実のように思います。家庭では独り占めで使い放題であっても、幼稚園では、友だちと譲り合って使わなければならず、我慢する(自分で自分を律する)態度を養うことができます。私は、幼稚園で園児にパソコンを使わせる最大の理由は、パソコンやテレビゲームの依存症にならないために、我慢することができるようになることだと思います。
パソコンは意志の伝達を拡大する
当園に以前、言葉の発達の遅れたA君(4歳児)がいました。A君は自分の言いたいことを言葉で伝えることができないので、いらいらしがちでした。担任の先生もA君の理解力をはかりかねているようでした。ところが、A君はパソコンでのお絵描き(キッドピクス)が好きで、よく私の部屋へ遊びにきていました。まだ、自由には使いこなせなかったのですが、ぐるぐるうずまきが描きたいとか、自分の意思ははっきりしていて、私がこれかな?とやってみせると、すぐ反応が返ってきて、それが彼の望んでいたことかどうかわかるのです。パソコンの処理能力の早さから生まれた機能、いいかえれば、「パソコンは意志の伝達を拡大する道具」とも言えると思います。
瞬時に青い空が描ける
また、ふつう幼稚園では、クレヨンやパスを使ってお絵描きをすることが多いと思います。クレヨンやパスは準備が簡単とか、まわりを汚さないとか、先生にとっては扱いやすい画材です。でも、子どもにとっては、けっして扱いやすい画材ではありません。
たとえば、「すがすがしい青い空を描きたい」と思ったとしても、広い画用紙を青い空にすることは、時間がかかり、根気も必要です。青いクレヨンをただ、ひたすら塗っているうちに、最初の「すがすがしい、青い空を描きたい」という気持ちは失われてしまうのです。感性や表現力を育てるはずが、忍耐力を養成する苦痛の時間となってしまいます。その点、パソコンは瞬時に試行錯誤ができるので、幼児のお絵描きの道具としても優れている点はあります。
水彩画(5歳児)
フルカラーと言っても、たかが256階調
しかしながら、パソコンで表現できる色彩は、フルカラー(1670万色)といっても、R(赤)G(緑)B(青)それぞれについての、わずか256色調を掛け合わせ(256×256×256=約1670万)ているだけにすぎません。
子どもの感性を育てるには
水彩画でしたら、単色の濃淡でも無限の階調表現ができます。子どもの感性を育てるとは、そのわずかな色調の違いに気づき使いこなす力を育てることではないでしょうか?
また、幼児の表現活動は自分の身体を使って表現することを育てることが基本です。粘土、水彩画、木炭画、フィンガーペインティング、ペーパークラフト、木工等がメインであることはいうまでもないことです。さきほどの幼児にとって扱いやすい画材という観点からは、クレヨンやパスよりも、木炭や水彩の方が、広い面積を楽に塗れるので、おすすめです。
「直接経験と間接経験とのバランス」の重要性
パソコンはとても情報処理能力の高い道具です。いろんなことができます。でも、コンピューターに保育者の代わりをさせてはならないと思います。
小学校以上の教科学習にはCAI(キャイ)が有効な場合もあると思います。けれども、保育においては、お絵描きという活動をしているときでも、保育者との人間関係によって育つものが大切だし、たまたま隣り合った友だちとケンカをすることも心の成長には大切です。お散歩にしても、体を鍛えることだけが目的ではなく、自然とのふれあいの中で、科学への興味を促し、たんぽぽの花を見つけて、たんぽぽの歌を歌ったり、動植物へのやさしさなど、いろいろなことが育つのです。
また、幼児は心を動かされたこと、興味を持ったことに対して、知的活動が高まります。パソコンは最初のうちは、興味をひかれますが、基本的に同じ操作の繰り返しですので、徐々に興味は薄れ、傍から見ると、同じように活動を続けているように見えても、知的活動の質は低くなってきます。
幼児にとって、質の高い知的活動とは、いわゆる五感を多く使うものです。ですから、身体的活動を伴うもの、手仕事などが知的活動としてすぐれています。自然との関わりということについては、嗅覚も大切な要素です。
参考(ブリタニカ国際百科事典から)
CAI(キャイ)
コンピュータを利用した自動教育システム。computer aided instructionの頭文字をとってキャイCAIという。コンピュータにはあらかじめ教師が教育用プログラムを記憶させておき,生徒が端末装置を利用してコンピュータから提示される指示に従って学習を行う。生徒のひとりひとりが自分の能力に応じた個別教育を受けられる点に特徴がある。
コンピュータリテラシー(computer literacy)
コンピュータに関する知識やコンピュータの操作能力を持っていること。情報化社会に対応していくため、情報の電子化がもたらす情報洪水の中で,知識情報をうまく取り出し,創造的活動に利用してたくましく生きていく知恵をいう。1989年3月告示された新学習指導要領では,将来の高度情報社会に生きる児童・生徒に必要な資質として,情報活用能力の育成を図る必要性が述べられている。具体的な施策としては,小学校段階においてはコンピュータに触れ,慣れ,親しませる学習活動の推進,中学校では技術・家庭科に「情報基礎」部門の新設,高校では数学・理科などでのコンピュータの積極的な利用がうたわれている。